株式会社ジーユー
代表取締役社長 柚木 治 vol.01


By in 経営者インタビュー, 袖木 治 on 2012年2月1日

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1965年兵庫県生まれ。一橋大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社。外資系金融会社を経て、1999年ファーストリテイリング入社。2000年4月に執行役員ダイレクト販売事業部長就任。2002年9月、エフアール・フーズ代表取締役社長、2008年9月GOVリテイリング副社長、2010年9月ジーユー代表取締役社長就任、現在に至る。

自由闊達な社内とお客様に対峙した時の一糸乱れぬ強さ、

この2つをどちらも実現させたい


他業界から転職し、食品版ユニクロを立ち上げる

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竹内 早速ですが、子どもの頃の夢は何でしたか。

柚木 実は子どもの頃から経営者になりたいと思っていました。でも、お山の大将というよりは参謀、副官タイプで、中学高校時代はサッカー部に在籍していたのですが、選手兼マネージャーでした。各々の役割や戦術、練習計画を決めて、みんなの力を合わせて勝つととても嬉しかったのを覚えています。

竹内 まさに経営者のようなマネージャーだったわけですね。それで、大学を出て総合商社に入られた。

柚木 はい。その会社は今でも大好きなのですが、当時の仕事は企業と企業の取引を仲介することでした。でも、そうやって自社の製品をもたず、人の褌で相撲を取る仕事が好きになれず、転職を決意しました。ファーストリテイリング(以下FR)に入った動機は4つあります。一つ目はお客様が目の前にいる仕事であること。二つ目が、それこそ自社製品をきちんと持っていること、三つ目が「日本発世界一」という目標にとても共感できたことです。実はFRに入社する前に外資系金融に転職しています。そこを辞めた理由は、自分はやっぱり日本人だと気づいたから(笑)で、外資より日本企業で働きたくなったのです。これがFRを選んだ四つ目の理由です。



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竹内 柚木さんといえば、野菜を中心とした食品の直販事業を提案し、役員会でことごとく反対されながらも、最後に柳井さん(柳井正:現FR会長兼社長)のOKが出て、事業化が実現しましたね。

柚木 あまり思い出したくないことですが(笑)、エフアール・フーズのことですね。僕自身、反対する役員に「なぜそんなに後ろ向きなの?サラリーマン根性が抜けないからじゃないの」と、心の中で毒づいていました。ユニクロの商売はそもそも、流通の「目詰り」を除去し、生産者から直接消費者へ、良質な衣服をリーズナブルな値段でお届けする、という極めてまっとうなものです。その成功が起爆剤になり、メガネやパソコンなど、同じようなビジネスが次々に出てきた。そういう中、「目詰り」という意味では、改革が最も難しいという食品や農産物の世界で、ユニクロモデルをやりたかった。それで役員会に提案したのです。



事業は大失敗、でも辞めさせてもらえなかった
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竹内 その役員会の直後、柳井さんにお会いした時に聞いてみたのです。「柚木さんの提案した事業は成功が難しいでしょうね」、と。そうしたら柳井さんはこう言いました。「あんなに本気の柚木君を初めて見た。新規事業に大切なのは必死さで、本当に死ぬ気でやらないとモノにならない。だからやらせてみることにした」と。

柚木 死ぬ気はありませんでしたが(笑)、当時の僕はまさに前のめりで、ある意味狂っていました。スーパーに12時間立っていてお客様の様子を観察したり、いい食材があったら私費で妻と2人でアメリカまで確かめに行ったり……。

竹内 結局は失敗に終わったものの、エフアール・フーズはFRにおいてユニクロ以外の初の新規事業でした。それを立ち上げたのが柚木さんでした。



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柚木 そう言っていただけると光栄ですが、とにかく研究不足、準備不足でした。工業製品と異なり、出荷が不安定、商品の品質もブレて、大赤字が続き、1年あまりで事業をストップせざるを得ませんでした。結局、立ち上げから撤収まで3年かかりました。関係した方々には本当にご迷惑をお掛けしましたし、僕自身は完全に自信を喪失しました。

竹内 それは大変でしたね。柳井さんにはどう報告されたのでしょう。

柚木 責任を取って会社を辞めようと、辞表を胸元に忍ばせて報告に行ったら、開口一番、「柚木君、会社辞めようなんて思ってないよね。損失分のお金はきっちり返してね」と言われ、思い止まりました。忘れもしない2004年6月、39歳の時です。自信喪失で「経営者になりたい」という気持ちは完全にしぼんでいて、暫くはマーケティングや人事の仕事をしていましたが、その後に命じられたポジションがGOVリテイリング(現ジーユー)という子会社の副社長で、れっきとした経営者です。「務まる自信がないのですが……」と、正直に社長に明かしたら、「一度会社を潰したからって、何言っているの」と言われ、はっと我に返りました。自分の安易な考えが恥ずかしくなって、やらせてもらうことにしたのです。

竹内 FRらしいエピソードですね。その失敗の前後で柚木さんは変わりましたか。

柚木 変わりましたね。さすがに謙虚になりました。それ以前はもっと自信家でした。自分が一番正しいといつも思っていましたから(笑)。でも今は自分ひとりではまったく何もできない、と本心から思っています。



今の若者が目指すべき会社とは
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竹内 いま社長をやられているジーユーをどんな会社にしていきたいですか。

柚木 社員一人ひとりのアイデアや夢、志が社内にとめどもなく溢れ、それらを一つ一つ、確実に実現していける会社にしたい。一方で、ジーユーはユニクロと同じ製造小売業で、製造から販売まで、すべてを自社で行いますから、お客様にとって、あたかもジーユーという人格をもった一人の人間がすべてことを行っているかのように見えるブランドにしたい。自由闊達な社内と、お客様に対峙した時の一糸乱れぬ強さ、一見、二律背反に思えますが、この2つをどちらも実現させたいのです。

竹内 日本発世界一ということでもユニクロと同じコンセプトですね。

柚木 もちろんです。これからは、あらゆる産業において、国境がなくなっていくと思います。だから、必ず世界に打って出て大成功したいと思っています。逆にそうでないと、日本で生き残ることも出来ないと思っています。



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竹内 そういった時代ですが、今の若い人は、どういう会社を目指すべきでしょう。

柚木 不確実性の高いこの時代、業績がいつも安定している、「恵まれた会社」というものはどんどんなくなっています。そういう時代に生きるビジネスパーソンは、会社に人生を預けず、自分自身に力をつけていくしかありません。従って、仕事をするなら、3つの条件を備えた会社が良いと思います。一つは、組織がフラットで、若いうちから責任をもたせてくれる会社です。自分自身に力をつけるには、早く試練とチャンスを手にする必要があります。二つめは、これから伸びる会社です。伸びる会社ほど、活躍のフィールドが広いですし、鍛えられる刺激的な仕事がたくさんあります。三つめは、グローバル展開を前提としており、国内の競争だけに埋没しない会社。ジーユーはこの3つを兼ね備えています。

竹内 そもそもジーユーとユニクロはどんな関係なのでしょうか。

柚木 ユニクロより安い価格帯のカジュアルファッション衣料を扱うところからスタートして、最初の2~3年は思うように売上が伸びず苦戦しつつ、2009年の春に990円ジーンズを売り出して大当たりしたのです。しかしながら、その翌年にはまた不振に陥ってしまいました。そこで原点に返って、安いだけではなく、ファッション性も追求することにしたのです。ジーユーは「自由」から来ており、「ファッションを、もっと自由に。」というブランドメッセージが込められています。ユニクロが優等生のお兄ちゃんだとしたら、ジーユーはやんちゃな妹、というイメージでしょうか。

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目標はユニクロと肩を並べるグローバルブランドになること

竹内 柚木さんは若い時から服には興味があったのですか。

柚木 いいえ。元々、服にうるさい人間、いわゆるオシャレな人間ではまったくありません。でも、そんな私が、「ファッション」すなわち「装うこと」が持つ力を信じています。その時その時、どんな気分でいたいか、どんな自分でいたいか、それにちょうどフィットした服を着ることで、気分がイキイキしてきますし、場合によっては周囲の人までをイキイキとさせることができます。ファッションを楽しむ、装うことで、人は元気になり、未来志向になると思っています。

竹内 おっしゃる通りですね。

柚木 でも、どれだけの人がファッションを人生の味方にしているでしょうか。例えば、ファッションが大好きな女性だとして、欲しい服は山ほどあるのだけれど、値段が高くて買えない、或いはバーゲンを待たないといけない。でも、本来はシーズンを先取りして着たいもので、バーゲンになると欲しいものは売り切れている、となりがちです。或いは、男性の場合、よく海外の方から「日本の男の子は世界一オシャレだ」なんて言われるのですが、結婚した途端にファッションをあまり楽しまなくなり、子供が出来たらもう完全に縁がなくなってしまう、といった人も多い。ジーユーはそういう人の大きな味方です。値段は安いし、ファッション性も高い。私のよくしっているインドネシアに住む日本人の女性が、日本に帰るとジーユーの商品を山ほど購入して帰ります。お土産にするそうです。

竹内 ところで、柚木さんは奥様とは仕事の話をよくされるんですか。

柚木 めちゃくちゃします。衣料という身近な商品を扱っていますから、消費者の一人として妻の意見をよく聞きます。母親仲間がうちに来た時は、「ブラジャーはどこで買っていますか」なんていう質問を平気でします(笑)。

竹内 それはすごい(笑)。ジーユーにはどんな人を仲間として迎えたいですか。

柚木 一言でいうと、成長意欲の高い、商売っ気のある人でしょうか。まだベンチャーの段階なので、社内も仕事も色々な意味で“混沌”としていることが多い。そういう状況が楽しめる人がいいですね。女性は大歓迎です。僕には“天敵”の女性が社内に何人かいます。例えば、僕が商品に関して何か言うと、「それは違います」と堂々と反論してくるんです。頼もしいですよ。女性的感性をもった男性も大歓迎です。

竹内 ユニクロは既に出来上がった組織というイメージがありますが、ジーユーは違いますね。

柚木 その通りです。今のジーユーは、そのままでいいところは何ひとつありません。新たに迎え入れた人と既にいる人が協力して、まったく新しいジーユーをつくっていきたいと思っています。

竹内 柚木さんにとってジーユーの社員はどんな存在ですか。

柚木 まさに宝物ですよ。例えばですが、パワハラをするような社員がいたら、「俺の宝物に何しやがる!」と怒鳴り込んでいくと思います。

竹内 今後の展望についてはいかがでしょう。

柚木 今の日本には経営者の数が足りません。僕のように、普通のサラリーマンだった人間が頑張って経営者になるという道をもっと太くしなければなりません。ジーユーからも、経営者をどんどん生み出したいと思います。あとはFR=ユニクロと見られがちですが、このジーユーを大きくしていくことで、「ユニクロ以外もあるんだぞ」ということを社会にアピールしたいですね。

竹内 「ホンダがあるからトヨタがある」「ローソンがあるからセブンイレブンがある」とよく言われます。1位と2位が競い合う業界は全体が伸びていくものです。そのうち本当に、「ジーユーがあるからユニクロがある」となるかもしれませんね。今後ますますの発展を期待しています。


―担当コンサルタントより―

ジーユーは、「ファッションを、もっと自由に。」というブランドメッセージのもと、「旬のファッション」「驚きの低価格」「安心品質」を兼ね備えた商品を次々と展開し、ブランドの知名度や1店舗当たりの売上が順調に拡大し、急成長しているとお聞きしています。

2009年3月の990円ジーンズ発売で一躍有名になり、2010年10月には大阪心斎橋に初の旗艦店、2011年4月には池袋に関東初の旗艦店をオープンし、大勢のお客様、特に若い女性が多く来店しており、大成功を収めています。
これまでジーユーは、郊外のショッピングセンターや、ユニクロの後継テナントとしてロードサイドへの出店が中心でしたが、ここのところ、都心の大型旗艦店や駅前ファッションビルなどにも積極出店を進めており、今後も、年間40~50店舗の大量出店を予定しています。

新規出店が進むと同時に、生産面でも素材の集約や、中国に加えて東南アジアの生産拠点の強化などによる生産コストの削減を行い、採算性の改善によって、2011年8月期の業績は大幅な増収増益を達成しています。
シーズンごとに旬のファッションを、低価格でお客様に提供している現在の強みをさらに磨き、よりファッション性の高い商品を開発されていく方針であるため、ますます人材面の強化が急務であると言えます。

最後に柚木社長に今後の目標をお聞きしたところ、2012年8月期には、当初の予定を1年早めて500億円の売上を達成し、近いうちには1000億円、そして必ず海外進出すると力強くお答え頂きました。
また、ジーユーはユニクロ価格の半額で買える商品を揃えていますので、将来的にユニクロと併設しても十分共存できると考えているとの事でした。

ユニクロが海外で成功しているように、ジーユーへのニーズも世界には十分あるはずだと思っています。



形式:株式会社ジーユー 柚木社長・スピリッツ 社長 竹内 対談